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旅の参考書
チュニジア 2010年2月
フリージアさんの談話室投稿より)
スライドショー(中画面:800×600/大画面:1200×900)
チュニジア共和国

国土:日本の国土の約5分の2
人口:約1000万人(日本の12分の1)
人種:95%以上がアラブ人とベルベル人
宗教:イスラム教(スンニー派)98%
気候:小さい国ながらダイナミックな変化にあふれた気候。

地中海沿岸は温暖、北部は緑豊かな穀草地帯、アトラス山脈に隣接する村には雪も降る、そして南部は荒涼とした砂漠地帯、 とあります。シシリー島が見えるくらい、地中海を挟んでイタリアに近い、ここは かのハンニバル将軍で名高いカルタゴの地。もう今は、カルタゴの痕跡はわずかしか残っていないが、さまざまな表情を持つという、チュニジアに魅かれ、北アフリカのワンダーランドを訪ねて来ました。
首都・チュニス
首都 チュニス
パリを思わせる新市街
官庁街
バルドー国立博物館
チュニジアの「ルーブル」といわれる博物館。ローマ時代のモザイクコレクションで世界に知られており、オスマン帝国時代にチュニジアを統治していた地方長官の宮殿が博物館になっている。
「オスマントルコ様式の天上装飾」
館内1F 「古代カルタゴの間」
「ユリウス卿のモザイク」
ローマ時代には、上層市民が大農園を所有し、奴隷を労働力としてオリーブや葡萄を生産した。女神に産物を捧げる場面−上段
中心に大邸宅を配し、大農園主ユリウスの日常生活ー中段
侍女から首飾りを受け取る場面と、巻物を召使から受け取る場面ー下段
「ヴゥルギリウスの肖像」
左から 歴史の女神クリオ
 ヴゥルギリウス(叙事詩を執筆する作家)
   悲劇の女神メロポレメ
ちなみに、これは世界一素晴らしいモザイク とか。
ちょっと、足比べ 
(ツアーの人がやっていたを真似してます)
チュニスの旧市街(メディナ)
チュニジアに残る8つの <世界遺産 その1> です。
チュニス近郊
T−2 チュニス近郊

カルタゴ遺跡 <世界遺産 その2>

チュニジア発祥の地。紀元前814年フェニキアの王女エリッサにより町が建設された。この町はカルト・ハダシュトと名付けられ、これはフェ二キア語で「新しい町」という意味で、ラテン語のカルタゴはここに由来する。
此処は海上貿易や農業を中心に繁栄したが、ローマとの戦いは避けられず、 第3次まで続いた戦いで遂に陥落。その時のローマ軍による破壊は凄まじく、町は廃墟となった。その後復興し、ローマ帝国第3都市にまでなったが、7世紀にアラブ進入後は再び廃墟となった。        (旅行社しおり) から
古代ローマの詩人ウェルギリウスの「アエネイス」によると、テュロスの女王ディドが逃れてカルタゴを建設したとされる。ちなみにチュニジア政府は<紀元前814年>をカルタゴ建国年としている。
「カルタゴを建設するディド」
(ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー画/「ウィキぺディア」から)

アントニヌスの共同浴場遺跡
古代ローマの共同浴場の中で3番目の規模を誇る。1番目はローマのカラカラ浴場遺跡
余談ですが、カラカラ浴場など、遺跡では「オペラ」が時々演じられます。かってオペラ歌手のパバロッテイと共に、小澤さん達も歌われたとお聞きしました。ヴェローナの闘技場で。(合唱団の指揮 小澤さん)
アントニヌス・ピウス帝による建設
シディ・プ・サイド
白亜の壁に青い扉。白とチュニジアン・ブルーで彩られた家並。チュニジアで最も美しい町として知られているシディ・プ・サイド。イスラム圏、アフリカ・・というイメージから程遠い、おしゃれな素敵な町!

「カフェ・デ・ナット」
この町のランドマーク的存在。ここはかって作家のモーパッサンやアンドレ・ジード、他ヨーロッパから訪れた芸術家達が好んで立ち寄ったことで、有名なカフェだった。〜〜〜とあとで知りました。
目にとまり、自然にシャッターを押していました。
白壁とチュニジアン・ブルーの窓の家。
晴れた青い空、何処を歩いても、落ち着いた雰囲気・・ お洒落な・・素敵な町・・感激してしまう。やはり きてよかった!
青い空、ブーゲンビリアも咲いている。
地中海の蒼い海はおだやかで、丘にたてば、潮の薫りも漂う・・・
(ファーマーさん)
「白壁とチュニジアン・ブルーの窓の家」はいいですね。イスラム教の世界は、イラク、イラン、そして、タリバンのような好戦的なイメージが強いのですが、「白壁とチュニジアン・ブルーの窓の家」を見ますと、イメージが変わりますね。 『お洒落な・・素敵な町』全く同感!!
(編集子)
No.6494について:古代ローマは、余りにもすごいものを沢山残しているので、フリージアさんが混乱してしまうのももっともと思います。ローマではカラカラ「浴場」跡を演奏会場に利用しているのはその通りです。でも、ヴェローナは「浴場」ではなく「闘技場」跡を演奏会場に利用しています。アレーナ(野外円形闘技場)とも呼ばれます。
(ゆりさん)
寒く、雨の多い今年の冬、奇麗な青空、オシャレな建物、旅の良さを再認識させられます。楽しいお写真、見るだけでパワーをいただけありがとう御座います。アントニヌス共同浴場は有名ですね。どこへ行っても古代ローマの力の凄さには驚かされます。アー 青い空が見たいです。
(スターダストさん)
チュニジアには3年前に行きました。なつかしさと、もう忘れちゃったところもあり、10日間の旅でしたが、このときの添乗員が凄くよくて南米の旅をわざわざ指定して行ったことを思い出します。モザイクがすごいですよね、それとオアシスの源流へ行った事が一番の思い出になっています。物価も安くて景色も良くておすすめの観光地ですね
(フリージアさん)
ファ―マーさん 小澤さん ゆりさん スターダストさん
チュニジアは私にとって、殆ど馴染みの無い国だったのですが、旅行社からの案内を見て、‘ぜひ行きたい!’と思い、決めました。自分でも 少し軽率かと思いながら。 知らないことばかり! 毎日バス移動して!朝は7時から朝食!(何時もなら眠っていますが)でしたが、苦にもならず楽しい毎日でした。
小澤さん やはり混乱しておりました。ベローナも以前見ていましたのに・・。小澤さんが、ベローナで凄いご活躍!との印象がありましたので、浴場などありませんのに、いい加減で、お手数かけてしまいました。ありがとうございました。 いま【家のマーク押して】以前に平田さん(イタリア紀行)、高田さん(イタリアの旅 あれこれ)などのお仲間でされた旅も拝見したところです。つくづく古代ローマはすごい!と思います。 (ホテル:オアシスガベスのウエルカムドリンク)
(青い鳥さん)
フリージアさん、先日、北アフリカと伺った時どの辺りのどこの国か想像も出来ませんでした。N06493の写真を拝見して”あっと”思いました。昨年8月に豊橋市美術館で国内では珍しい「ターナー展」があり観賞した時出会った絵でした。風景画の大家ターナーの絵は好きで「カルタゴを建設するテイド」絵はがきを買って憶えているのですがカルタゴの国のことは全く知らずでした・・・。お写真と解説で勉強させてもらっています。皆さんの仰るように古代ローマの凄さはもとよりチュニジア、カルタゴに遺された遺跡も凄いですね。エジプトを訪れた時遠くにリビア砂漠を見ました。今後を楽しみに。
(フリージアさん)
青い鳥さん  旅の案内文に魅かれて、好奇心が湧き行ってきました。ターナーは、夏目漱石の‘坊ちゃん’でも名前が出てきますよね。「ターナーの絵はいいねえ〜。」とか言っていたような・・ 旅のまえにNHKのTV「迷宮美術館」でも偶然この「カルタゴを建設するディド」の画が出ていました。何せ、勉強もせずに飛び出て行きますので、帰ってからが大変! 整理 投稿しながら、私も自分の勉強させてもらっています。ありがとう。 (エル・ジェムのブーゲンビリア)
(teruyoさん)
フリージアさん  チュニジアを訪れたのは平成19年の二月です。同じ年の5月に小澤さんにイタリアへ連れて行ってもらいました。ご一緒しましたね。チュニジアはチェニスの美しい街並みやカルタゴの港などなど思い出がいっぱいです。サハラ砂漠をラクダに乗り一時間以上も行き、木一本生えてない砂漠を元の所まで連れて帰ってくれたことにえらく感動を覚えました。穴倉に住んでいる原住民の家を訪問し、じゃりじゃりと砂の混じったなんのようなものを食べたり、いろんな体験もしました。当時中部空港からエミレーツ航空がとんでいたので、エミレーツ航空の天井に星がきらめく美しい機体に乗りました。今は関西空港に行ってしまったようですね。懐かしい写真楽しく拝見しています。
(フリージアさん)
teruyo さん  ありがとうございます。スターダストさんも言われているモザイク、モザイクでは小澤さんとのイタリアのラベンナのモザイクも、きらびやかで素晴らしかった!のをご一緒に観ましたね。私達もラクダに乗りました。‘月の〜砂漠を〜はるばると〜旅の〜ラクダが〜行きました〜  ’とツアーの誰かが歌っていました。ラクダは乗りぬくくて、なかなか大変でしたが、いちめんの砂、砂しかないのに、よく元に戻れるね〜。と感心し合いました。 (シェビカで撮りました)
(編集子)
今、NHKラジオ「おしゃべりクイズ疑問の館」を聞いた所です。今日のテーマは「世界遺産」でした。
・世界遺産は今いくつあるか/・ドイツのドレスデンとエルベ河一帯の景観の遺産登録はなぜ取り消されたか/・石見銀山は素敵なのに「わかりにくい」世界遺産の代表例
などなど、おもしろい話題がいっぱいでした。番組の最後にゲストの人が、絶対お勧めの世界遺産として、ポーランドの木造教会とチュニジアのカルタゴ遺跡を挙げていました。
スース〜ガベス
スース
 旧市街(メディナ)
 <世界遺産 その3>
街を囲む高さ8メートルの重厚な城壁、右の入り口から、旧市街に入る。
リバト要塞
旧市街のなかには、リバトと呼ばれる要塞があり、この旧市街で最も古い建造物です。地上38mの頂上まで登りました。
スース近郊(ポート・エル・カンタウイ)
チュニジアの一大リゾート地
スースからスファクスに行くまでの間にあるエル・ジェムの円形闘技場
 <世界遺産 その4>
ローマ時代、ゴルディアン帝により建設された円形闘技場、チュニジアは保存状態がよい。3万人収容可能でローマ、ヴェローナのものに続き三番目に大きく、恐らく剣闘士や「ベン・ハー」の中で描かれたような戦車レースのために使用されたのでしょう。とのこと。
ガベス
 旧市街(メディナ)入り口
旧市街にある魚市場
マトマタ〜ドゥーズ
チュニジア第2の都市 スファックスから、砂漠の導入部のマトマタへきました。
マトマタとその周辺には、変わった住居形態を持つベルベル人が住んでいる。北アフリカの先住民なのだが、過激なアラブ民族におわれて、内陸部に移動し、やっと住み着いたのがマトマタとその周辺だった。
先住民族のベルベル人は、ヌミディア王国という一大勢力を誇ったが、今はここマトマタとその周辺、で独自の言語や文化を守ってひっそり暮らしている。
家の中を見せてもらいました。
ドゥーズ
ドゥーズはサハラ観光の中心地、「砂漠の門」とも呼ばれるところ
これからラクダツアーに出発。苦労しながら乗りました。それでも慣れてきて、美しい風紋の砂丘をこえながら、誰か、ラクダの背で‘月の砂漠’を歌うこえが聞こえてきました。
昼食は壷の中で調理された、ラム肉の料理でした。
みんなの前で、パフォーマンスしてくれました。
パットに広げて、香りの野菜を振りかけて・・
出来上がりです。
ダイナミックで 美味しい‘煮込み料理’でした。
エル・ジェリド(大塩湖)
は、雨季には水が増え、乾季にはまるで氷った湖のようになる。

ドゥーズから大塩湖を横断して、チュニジア南部観光の起点でもあるトズールへ
(ファーマーさん)
フリージアさん  ラクダに乗っている姿は、なかなかいいですね。「ラクダツアー」は、何時間くらいかけて、行われたのですか。この風景を見ますと、チュニジアにも砂漠があるのだと実感しますね。
(フリージアさん)
ラクダツアーには、あのような上衣とターバンを巻いてもらい、出発して戻るまで、およそ1時間くらい乗っていました。ラクダちゃんはとても賢い Yes No のはっきりした動物のようで、我々のような、殆ど長く乗ったことのない者を乗せ(エジプトなどでは写真撮影のため5分?)、ラクダも言いたくもなるのでしょう。下手な乗り手には、ぶつぶつ口から泡を出して文句を言います。まるでW下手くそ〜。やっちゃあいられないよ〜”とでも言っているような。乗る方もたいへんですが、ラクダもらくじゃあないですよね。
写真は砂漠のばら、ローズ・ド・サハラ(砂漠の砂の結晶がばらの花のように見えることから)
(ゆりさん)
とてもチュニジア楽しく、面白い旅ですね。ラクダは立ち上がる時と座る時が、少しこわかった覚えがありますが、フリージアさんは、とてもなれて頼もしくステキです。ターバンもにあっておられる。旅は経験できないことが出来、いいです。いっか私もチュニジアへ行きたいです。行きたいところばかりで困ります。確か、トルコにも塩の湖があり、デジカメの時代でなかったので、皆さん記念にフイルムのプラスチック缶につめていたことを思い出しました。
(フリージアさん)
ゆりさん  ラクダは降りるとき、カクン、カクンと大きく動くのでやはり、少し怖かったですが、青い大空のもと、大いに童心に帰り、楽しみました。以前にゆりさんが「‘大きな塩の湖’がある国があるのよ、行きたいわ。」と。ひょっとしてチュニジアだった?のかも知れません。歴史も景色も食べるものも豊かです。旅のベテランに僭越ですが、ぜひぜひとお勧め致します。 (マトマタのアーモンドの花)
山岳オアシス〜ケロアン
トズールから、4WD車(6人乗り)3台で出発、砂漠を走り1時間で、珍らしい 山岳オアシス・シェビカの村へ。
1969年の大洪水で村は失われたが、現在では、かっての「村落の廃墟」が観光スポット になっています。
オアシスの滝
廃墟のような旧村を通り抜け、岩山を登り岩の隙間を抜けて・・、また下ると泉があり、水が湧き出ていました。谷を下がると滝もあり、崖に生えた苔からは水が滴りおちます。ちょっときつい ハイキング でした。
ミデス
チュニジアのグランドキャ二オンと呼ばれる。ヤシの木が生い茂るオアシスをぬけると、切り立った崖の風景が拡がる。アルジェリアとの国境も間近なところ。
山岳オアシスを後にして、ケロアンへ
振り返れば・・ (バスの中から)
(途中ガフサへで休憩する)
ケロアンの町全体
<世界遺産 5> 
北アフリカに於ける、イスラムの発祥地である古都ケロアン。中世の頃、地中海世界の中でも大変栄えていた。歴史の重要地である。そしてサウジアラビアのメッカ、メディナ、エルサレムについで、4番目に重要なイスラムの聖地でもある。
9世紀に建てられたアフリカ最古のグランド・モスクは、中庭まで観光客も入る事ができます。中庭には大理石が一面敷き詰められ、大理石がこんなに沢山敷いてあるのは、初めて。一見水を流したかに見え、思わず雨が降った後なのか?と空を見上げてしまいました。
四方を土色のレンガが囲み、要塞を思わせる外壁。さすがどこか威厳を感じさせる建物でした。
これは何でしょう?
「排水溝」に向けて緩やかな傾斜がつけてあり、地下には貯水槽がある。集めた水はろ過されて、浄めの水(日本でも、おまいりの時手を洗い口を漱ぐように)に使ったのだそうです。水のない砂漠では、砂漠の砂を水の代わりとして使いました。
ー砂漠の砂は菌など無くて、清潔ー
モスクの中には、イスラム教徒しか入れませんので、観光客は外から拝観しました。(手入れ、改装中)
シディ・サハブ・モスク
は、預言者モハメットの同志の霊廟
霊廟廊下の壁のタイル
絨毯を織っている女の人
(館の中で)
遥かに遠く離れたあまり馴染みのないところ。今度のように、行きたい思に駆り立てられたのは、久し振りのことでした。

地中海文化が凝縮されたような歴史的遺産、美しいビ―チリゾート、サハラ砂漠やオアシスの渓谷、エキゾチックな雰囲気をたたえた古都など、チュニジアは実に多彩な顔をもって迎えてくれました。奥が深くて面白い旅でした。
やはり旅は楽しい!と思います。

ホテル KARTHAGO LE PLACE(海側)からの地中海
(ファーマーさん)
フリージアさん  チュニジアの旅 感動をいただき、ありがとうございました。海外旅行を楽しめる日本人は、約1パーセントと聞いたことがあります。健康、暇、お金の三つがあることは、本当にありがたいですね。
(フリージアさん)
ファーマーさん
少し先を急ぎすぎている のかも知れませんね。あっと気が付いたら?歳ですから、つい 急いでしまいます。おかしな言い方かもしれませんが、旅、そこは 自分を含めて、さまざまなことを思い、考え、頑張る力 が戴ける所です。有り難いことと思っています。ありがとう ございました。
(ナツメヤシの実)
(青い鳥さん)
フリージアさん  すばらしい旅行記ありがとうございました。北アフリカの青い空と地中海に映える白壁の家々の扉や窓枠、飾り格子に見られるきれいなブルー等々、まだ見ぬチュニジアの美しさ、素晴らしさをちょっとだけ覗いたような気分です。国民の生活は何うなのかなと気になり少し調べましたら女性の社会的地位の高さは日本以上とか!いい国ですね。
(セサミさん)
フリージアさんは元気ですね。それに比べ一般に男性は元気がありません。私など70歳になった途端、個人差にもよるでしょうが、12月には風邪をひき、それが長引き少し良くなったと思ったら1月には咳が止らず、下旬には下痢になり、医者は風邪は既に治っているとの返事、下痢は今流行っているが、直ぐに直るからと薬も出してもらえなっかった。年寄りには良くあること。暖かくなればよくなるとのことでした。最近ようやく調子が出てきましたが・・・。私もマダマダ行きたいところは沢山ありますが、それを楽しみにあと10年ぐらいは元気でいたいですね。
(フリージアさん)
青い鳥さん  チュニジアのスーク(市場)などでは、チャイナ?とか、コリア?とか、よく声がかかりました。ノット、チャイナ。ジャパニーズ。と応えておきましたが、中国、韓国はチュニジアの人にはお馴染みの国のようです。スファックス(第2の都市)で、スカーフを被った親娘連れに、お店の在り処を尋ねたら、答えたついでに「私達の目も髪も、貴女方のように黒いよ。」とにっこり笑ってくれました。他愛も無い事でも、ちょっとした親愛の言葉が、うれしい、楽しい思い出となります。
セサミさん  お久ぶりです。本当にお互い、歳と共に回復にも時間が掛るようになりましたね。そして時間も飛んで行くと感じるようになりました。暖かくなれば、いつの間にか何処かに旅されているセサミさんでしょう。セサミさんの旅のお話を(以前 オーストラリア、ベルギーなど 楽しく読ませていただきました)楽しみにしております。ありがとうごいざいました。(写真は、ジャスミンの花飾りを作るタメルザの少女です)
('10.02.20 初掲)