1720
巨大な工場がありました。
ごらんのように「太多線」は遥か下。その上「線路」沿いどころか「線路」の近くを歩ける道もないようです
「水路」を越えます。今回、能天気なワタシは「地図」をななめ読みしただけでホイホイ出かけてしまいました。事実前回2回は、それで「なんとかなりました。

「可児→美濃川合」間は直線距離で約3.6km、「美濃川合→美濃太田」間も同じようなモノです。完全に「なめて」いました。

ところが「可児→美濃川合」駅間には「木曽川」という「大河」が横たわっています。

そのコトを現時点でロクに認識していないワタシが、どういう羽目におちいったか?

「後半」をお楽しみに。
「可児」駅で下車しました。この「跨線橋」をわたります。
「可児の犬」さんです。熟睡中でした。
どうもワタシは上図のような、非常に効率の悪い「歩き」をしているようです。(注:図は地図ではありません。イメージ図です)「後半」に戻る。
やっと「JR 太多線」のそばに戻ってきましたが、なんと「跨線橋」です。
背後を「名鉄電車」が........
「踏切」を渡ると、そこは「梅?畑」。
「踏切」から。
「広見線」の小さな「踏切」を見つけました。
しかたがないので「広見線」沿いに西に向かいます。
ごらんのように「行き止まり」です。
「太多線」と「広見線」が交差するポイントまで来ました。
こういう「近代的?」な信号機もあるようです。
やっぱり「JR 太多線」です。
手前の「架線柱」なしの単線が「太多線」、奥の「架線柱」ありの複線が「広見線」だと思います。
また「踏切」です。「太多線」と「広見線」は、まだ並走しているようでした。
つまり「百人一首」の絵札を「看板」にして掲示してあるようでした。どういうおかたが何のために....と考えるとちょっと不思議です。
不思議な看板?です。
かなり背の高い木が........
優雅な「風見鶏」が........
「黄色い花」が.......
しかたないので、また「路地」を進みます。
「踏切」ですが「線路」沿いに歩ける道はないようでした。
ちょっと広い道にぶつかりました。右折します。
「右側」です。あの「竹林」の手前を「太多線」と「広見線」が走っているはずです。
「路地」はますます狭くなってきました。こういう狭い路地は、いきなり「行き止まり」というコトがよくあります。
「道路」の手前は「菜の花?」がいっぱいです。
「踏切」です。手前が単線の「太多線」奥が複線の「広見線」です。
「可児書房」ではなく「かに書房」だそうです。ロゴも「カニ」さんです。
「名鉄 新可児」駅には、おなじみの「赤い電車」が停まっています。
さてこんな「路地」を行きます。
「駅裏」から見た「可児」駅です。どうしてわざわざ「駅裏」に回ったか?と言うと「表」を歩いて行くと「名鉄 広見線」歩きになってしまうからです。
「駅前」です。
「跨線橋」から。乗ってきた「岐阜」行きがゆっくりと去っていきます。
07年3月20日 可児→美濃川合
JR 太多線
ジャンプ先には必ずあります。