明知鉄道
10年4月24日 山岡→野志


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「登り坂」です。

たぶん「農作業用」だとは思いますが・・・不思議な「三輪車」です。

ふりかえって撮りました。

「集落」は、もう「はるか下」です。

「やまみち」の横に、さりげなく・・・まぁこういう「区分」は必要なんでしょうね。

「未舗装路」です。

実は、ここまで来て不安になって、一度引き返しました。

そして「坂」の入口で「おばあちゃん」に確認して、もう一度「坂」を登ってきました。

それにしても暗い! 「おばあちゃん」はたしかに、この道だと言ったのですが・・・

そう言えば、「おばあちゃん」は、ちょっと「気の毒」そうに、「右の道だけど、けっこうあるよ」と言ったのでした。

暗〜い「登り」は続きます。

ちょっと「明るく」なってきました。

この時、前方から「よくあるいなかのチャイム」音が聞こえてきました。

つまり、

1)下界は近いが、
2)もう夕方5時。

というコトです。 こんなところで「日が沈んだ」ら、えらいことです!

無情にも「登り」は続きます。

ひだりに「うすむらさき」の花が・・・「峠」はまだのようです。

「峠」を越えたら、一気に「ひかり」のなかへ!

すぐにこの「踏切」です。 正直「たすかった〜」でした。

わたってからの撮影です。  あいかわらず渋い「踏切」です。

むこうに見える「森」から、ワタシがのこのこ出てきたワケです。

「明知鉄道」の築堤です。

よけいなお世話ですが、こういうの「手入れ」が大変でしょうね。

「街道」に出ました!

「日本洋画の父」さんだそうですが、例によってワタシは存じあげません。

●「あの〜野志駅はこっちでいいんすかぁ?」
青年「はい! そうです」

●「どのくらいありますぅ?」
たぶん高校生の青年「1kmくらいです!」

「はきはき」と答えたあと、彼は「薪割り」作業に戻ったのでした。
 よっ!好青年!!

「好青年」をはぐくむ「風土」のようです。

たぶん「無人販売所」だろうと思いますが、今は何も売っていませんでした。

「田植え」の準備が始まっているようです。

「こんちわ〜っす」 太い声であいさつして、高校生くんがすれちがいます。

ワタシあわてて「どうも!」とか、返事しました。

「彌勒尊」だそうです。

遠見で、この建物を「野志駅」だと勘違いしてしまいました。

「喫茶店」のようです。

こちらが「野志駅」です。

「ホーム」です。 まっくらになる前に、ここにたどりつけて良かったです。

日中は少し汗ばむくらいでしたが、さすが「岐阜県」の山間部、ちょっと「冷え」ます。

次の「明智駅」方面です。 「終着駅」です。

「駅名票」です。 すでに地名は「明智町」です。

ホームの反対側に立っていました。

なにかの「表示板」のなれの果てだとは思いますが、詳細は不明です。