天浜線「豊岡→敷地」「15.」

ちょっと調べました。話がややこしいので「箇条書き」で.....

1.「カラス」が「電柱」に「巣」を作る。
2.「近隣住民」が心配して「中○電力」に電話する。
3.「担当者」が見て「危険」なら「撤去」。(動物愛護団体等が煩いので
  むやみに「撤去」はできないようです)
4.「安全」と判断した場合は、この「ポスター(?)」を貼る。

●で、なんでこんな「ポスター(?)」が必要かと言うと、そのままにしておくと.....
2.「近隣住民」が心配して......が繰り返されてしまう。というコトらしいです。

以上です。失礼いたしました。

駅間うらばなし1

駅間うらばなし2

01年にも「敷地→円田」間を歩きました。

ところが出発が遅かったため「遠江一宮」駅で夕暮れになり「円田」駅に着く前に完全に日が暮れてしまいました。

「線路」の方向を見失い、明かりのほとんど見えない「たんぼ」のまん中で、冗談抜き「ここで行き倒れるかも知れない」と思いました。(当時は「携帯」も持っていませんでした)

●すると何故か白いポリ袋を下げた青年が目の前を歩いて行きます。

とにかく何も「手がかり」のない状態ですから、なんとなくその青年のあとをついて行きました。

そうしたらなんと下の看板にたどりつきました。

天浜線「遠江一宮→円田」「30.」

看板は「写るんです」のストロボで照らされてますが、バックは「真っ暗」なのがおわかりいただけると思います。

その青年は「円田」駅のホームのベンチに座ると、やおら「コンビニ弁当」のようなものを食べ始めました。

ワタシが「天竜二俣」行きに乗るときも、ひたすら食べ続けていました。

●ところが、そうこうしてるうちに「背後」の「遮断機」が降りたりします。そして「轟音」を上げて「列車」が通り過ぎます。

「前」の「遮断機」は、まだ「降りたまま」だったりします。怖いです。まぁ「死ぬことは滅多にないよね」とか「開き直ら」ないと、この「踏切」は渡れないようです。


現在の天浜線(06.5/19現在) 旧 国鉄 二俣線
新所原 新所原
アスモ前
知波田 知波田
尾奈 尾奈
奥浜名湖
三ヶ日 三ヶ日
都筑 都筑
東都筑 東都筑
浜名湖佐久米 佐久米
寸座 寸座
西気賀 西気賀
気賀 気賀
気賀高校前
金指 金指
浜松大学前
都田 都田
フルーツパーク
宮口 宮口
岩水寺 岩水寺
西鹿島 西鹿島
二俣本町 二俣本町
天竜二俣 遠江二俣
上野部 上野部
豊岡 野部
敷地 敷地
遠江一宮 遠江一宮
円田
遠州森 遠江森
戸綿 戸綿
原田
原谷 原谷
細谷 細谷
いこいの広場
桜木 遠江桜木
西掛川 西掛川
掛川市役所前
掛川 掛川

本棚で20年前の「ロードマップ」を見つけました。

「天竜浜名湖線」ではなく「二俣線」と書かれています。「天浜線」は今年「開業20周年」だそうですから、その「直前」の地図ということになります。

「駅」の数が違います。一部「駅名」も異なります。「表」にしてみました。

天浜線「目次」ページ

名鉄 常滑線「神宮前→豊田本町」「3.」

「遮断機」がたくさんある「踏切」です。とにかく「行けるトコまで行って」「次」の「遮断機」が開くのを待ちます。

ワタシが「T長老」と出会うきっかけになった「ご近所」の「飲み屋」にはどういうワケか「日車」のひとや「元国鉄」のひとが良くみえます。

「元国鉄駅員」のかたの受け売りで済みませんが、「踏切」は上図のように「始動点」と「終動点」に埋め込まれた「センサー」で「自動制御」されているそうです。

「始動点」は(当然)遠め「終動点」は近めに設定されています。

では「開かずの踏切」はなぜできるのか?

■「駅」があると「開かず」になりやすいね。
●「駅」を過ぎた場所に「始動点」を設ければ?
■「快速」も「特急」も「貨物」もある。そんな「危険」なことできるワケないでしょ!?

「お説ごもっとも」だと思います。



「天浜線」は「非電化路線」なので、いわゆる「架線」「架線柱」はありません。

ところが沿線にはたいてい、この「電柱」が立っています。
おかげで「歩く」とき少々離れても「線路」を見失わずにすみます。

「信号」や「ポイントマシン」等の「電源」用ではないか?と思っていますが、本当のところはわかりません。

天浜線「戸綿→原田」「17.」

懐かしい背の低い「木」の電柱です。
この「路地」を入ると「円田(えんでん)」駅です。
また「カラスの巣 残置中」です。いったい何でしょうか?

この写真を撮ってるとき、傘が風で飛ばされて田んぼの隅に落ちてしまいました。

「駅間歩きとは?」に出てくる左側の「黄色い」傘です。


傘なしで歩くにはちょっと辛い天気だったので、傘を取りに畦道から手を伸ばしたら見事に滑って田んぼにコケ落ちてしまいました。

「靴」と「下半身」は泥まみれという状態で「骨」の折れ曲がった傘をさして、人目を避けるように「細谷」駅までたどりつきました。

(どなたもいらっしゃらなかったので)細谷駅の水道を無断でお借りして「ジーンズ」「靴」の泥を洗い流し、ホームの待合室で裸足になって30分ほど休憩しました。
(その時撮ったのが「12.」です)

この程度の時間でソックスが乾くはずもなく、裸足に靴をはいて「いこいの広場」駅までたどりつきました。

天浜線「原谷→細谷」「9.」

「細谷」駅は近いようです。

まず位置関係です。

天浜線「円田→遠州森」「23.」

わかりにくくて済みません。いずれ「うらばなし」いたします。

ご覧のように「医院」が引っ込んでいるので「写りこまない」ため「鼻から・・・入れる・・・」「新しい胃カメラ」と「鼻」もとい!「花ぎょうざ」を後ろの店舗が扱っているように見えます。

しかし「口」から入れてもあんなに不快な「胃カメラ」を、いくら「新型」とは言え「鼻」から入れてホントに「苦しくない」のでしょうか?

また「花ぎょうざ」は「花びらが入ったぎょうざ」等のエテものではなく、エビぎょうざ、○○ぎょうざなど7〜8種類の「変わりぎょうざ」を製造・販売しているということでした。

買おうと思ったのですが「冷凍ですので・・・」との事。ワタシもクーラーボックス担いで「歩く」趣味はないので、お断りしました。「宅配」中心のようです。

手前のふたりは一見ラブラブ風に見えますが(日焼け具合でわかるとおり)「体育会系」の部活の「先輩・後輩」らしく.....


女子「○○なんだよね」
男子「そおっすね」

などという感じの会話を続けていました。

名鉄 名古屋本線「岡崎公園前→矢作橋」「33.」

「矢作橋」駅です。

「浜名湖の天然うなぎ」の美味しさは「激烈」です。

浜松の行きつけの「飲み屋」さんに入ったら、2階で「浜名湖の天然うなぎを採って食べる会」みたいな人たちが「打ち上げ」をやってました。

「気のいい人」たちで「お客さんもどうぞ」となり、まぁ「ご相伴」に預かったワケですが,,,,,,

まず「蒲焼」のような「強い」味つけは必要ありません。「裂いて」「焙って」、「塩」をふるくらいで充分です。

適度に歯ごたえが「こりこり」とあり、かみ締めると「肉汁」ならぬ「うなぎ味」が口中にぶわっと広がります。

「3800」円とか「4500」円とかする「うな重」の(控えめに言っても)38倍は美味しいです。また食べたいものです。

天浜線の「浜名湖佐久米」駅前のうなぎ屋さんで(運が良ければ)食べられるそうですが......


JR 東海道本線「弁天島→舞阪」「50.」

言っちゃ悪いが、こんな「どぶ川」みたいなトコで「おもちゃ」みたいな網で、彼らは「養殖」でも「輸入モノ」でもない「本物」の「浜名湖の天然うなぎ」をゲットしたわけです。「漁師の血」でしょうか? 

●これが「剣豪」で「大学者」の「林 子平(はやし しへい)」サンだと「一日三十里(約百二十キロ)」歩いたという「伝説」が残っているそうです。

え〜とこれがどのくらいの「距離」かと言うと、「名古屋」から朝発って「新居の関所」でもたついたりしなければ、1日で「静岡市」あたりまで行ってしまう。というコトになります。次の日の晩には「箱根越え」があっても「江戸」に着いている。という凄まじいスピードです。

●実際彼の「歩き」は並の「飛脚」を追いこしたそうで、仮に「1日10時間」歩くとすると「時速12km」ということになります。


「時速12km」というと健康な若者の「自転車」の「巡航(ちんたら走行)」速度くらいだと思います。

つまり「競歩」というか「小走り」に近い「歩き」だったと思われます。

■なんのために、そんなに急いだのか?

「鍛錬のため」「学問的情熱のせい」などと言われていますが、実際のところは「経費節減」が大きな理由だったようです。

●とにかく「歩く」のは基本的に「ただ」です。「倍」のスピードで歩けば「宿代/食費」は「半額」で済みます。「子平」先生のように「人の3倍」のスピードで歩けば「経費」は1/3で済むわけです。

しかしまぁワタシのような「軟弱」ウォーカーから見れば「一種の化け物」だと思いますが........

JR 東海道本線「舞阪→高塚」「51.」

「一里塚跡」だそうです。「当時の旅人は、一日十里(約四十キロ)を歩くのが、普通」とかオソロシイことが書いてあります。40kmというと今回の「豊橋→浜松」ツアーを「1日」で歩いてしまうことになります。しかもワタシのように「休みやすみ」ではなく「毎日」歩くワケです。

駅間うらばなし3